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妙立寺の概要/印象
妙立寺は、加賀藩の初代藩主の前田利家(1538〜1599年)が建立した前田家の祈願所を1643年に第三代藩主の前田利常(1594〜1658年)が現在の場所に移築し、寺として創建したものだ。
現在は日蓮宗の寺院となっている。
妙立寺は、通称 “忍者寺”だが、実際は忍者たちが住んでいた寺でない。
侵入者を迷わせたり、倒したりするために、寺の建物内部は迷路状の非常に複雑な構造になっており、隠し階段・隠し部屋・落とし穴・見張り台・金沢城へ続く地下通路など色々な仕掛けやからくりだらけでまるで“忍者屋敷”のようであることから“忍者寺” と呼ばれるようになった。
妙立寺は“寺”という体裁を取っていたが、実際は強大な敵の軍隊が攻めてきた時に加賀藩の本拠地、金沢城を守るために作られた出城/要塞だった。
その強大な敵とは、当時日本を支配していた徳川幕府だ。
加賀藩の当主前田家は、元々は徳川家の傘下ではなかった“外様大名”で、国力も強かったため、徳川幕府から警戒され、常に監視下に置かれるなど、関係性が非常に悪かった。
こうした背景があり、加賀藩/前田家は徳川幕府の軍勢が攻めて来た際に迎え撃つための態勢を整えたが、妙立寺はそのうちの一つだ。
※ただ、小さな寺なので大軍を防ぐことが出来るようには全く見えない。せいぜいゲリラ戦の拠点にしかならない気がするが。
妙立寺は、忍者のショーを見たり、忍者体験が出来る施設ではない。
案内人から寺の歴史や、内部の色々な仕掛けやからくりについて説明を受けながら見て回るツアー形式になっている。(※勝手に見て回ることは出来ない)
面白く、わかりやすいので、行くと十分楽しめるだろう。
このガイドツアーの所要時間は約40分で、10〜20名程度の集団で回る。(※ツアーは30分毎に行われる。)
ガイドの説明は日本語で行われるが、外国人には詳細な説明が英語で書かれている資料が渡される。
拝観料は1,000円とちょっと高い感じだが、ガイドの人件費や寺の維持費などを考慮すると「まあ、しょうがないか」という感じだ。
にし茶屋街に近接しているので一緒に回ると効率的だ。
お勧め・特筆事項
残念ながら寺の中は写真を撮ることが出来ないので、色々な仕掛けやからくりを見て、「へー」とか「ほー」とか言ってただただ感心してくれ。
見学は電話(076-241-0888)で要予約だ。(受付は3カ月前同日から)
英語でも対応している。
※観光客が少ない平日とかであれば、直接行っても入れることがあるが、事前に予約しておくのが確実だろう。
なお、6歳未満の子供は大人と一緒でも拝観が出来ないので注意してくれ。
妙立寺へのアクセス/データ
妙立寺(忍者寺)
[ スポットの詳細を見る ]
住所 | 石川県金沢市野町1-2-12 |
---|---|
アクセス | JR「金沢駅」東口から北鉄バス8・9・10番乗り場のバスか[…] |
電話番号 | 076-241-0888 |
URL | [ クリック ] |
見どころ/体験場所
以下、仕掛けやからくりについていくつか書くが、文章だとわかりにくく、面白さは全く伝わらないことを理解してくれ。
- 寺の構造
外から見ると2階建てだが実は中2階などを設けた4階7層の複雑な構造となっている。
内部には部屋が23、階段は29カ所ある。 - 賽銭箱/落とし穴
本堂正面の入り口に埋め込まれている賽銭箱は敵が攻めてきた際、簡単に細工することで落とし穴に変わる。 - 落とし穴階段
本堂の渡り廊下にある床板は簡単に外れるようになっていて、その下が階段状の落とし穴になっている。
その落とし穴は下男部屋へ通じており、待ち構えていた下男たちが落ちて来た敵を攻撃する仕組み。 - 謁見の間・主茶室
「謁見の間」は寺の中で最も格式の高い部屋で歴代藩主が専ら用いた。
五畳半の広さの茶室が附属している。
12代から14代までの藩主の奥方の豪華な着物が飾られている。 - 二枚戸
二枚の戸がそれぞれ違う出口に通じているからくりだ。
敵に追われた際に、先に建物に入って右側の戸の裏に入ると、外から追って来た敵が戸を開けることで二枚の戸が重なり、身を隠すことができるという仕組み。
右側の戸の先は、別棟へとつながっている。 - 隠し階段
本堂の裏の引き戸を開けてその下の床板を外すと階段があり外へ逃げることができる。
引き戸を閉めると、戸がつっかえてロックがかかるという仕組みになっている。 - 井戸
建物の中心部に位置する深さ約25mの井戸。
水面の上3~4mに横穴があり、金沢城への逃げ道になったとも言われている。
建物内の各部屋はこの井戸を中心に構成されており、どの部屋からもロープを使い井戸へと逃げることができる。
今までに通行を試みた者がいないので、実際に横穴が金沢城へと続いているかどうかは定かではない。
(※当時の土木技術では不可能なので、たぶん続いていない)